Balten Seijin の今日のひとこと

いくつかの霊想書の中からその日のお気に入りを載せます

最も大切な問い

 人間は、自分の行動や存在の意味を問う唯一の生物だと言われます。なぜ自分は生きているのか。何のために私は、 このことをするのか。
 若い頃は、 このように悩むことも多いですが、自分で働き始めたり、家族を持つようになると、毎日こなしていかなければならないことのために、自分にとって最も根源的なこの問題を考えることは少なくなるようです。
 ところが、人生の挫折を経験したり、命にかかわる病気をしたり、あるいは思うように心も体も動かせなくなったりすると、私たちの実存は、 その問題に対する答えを求めるようになります。

 聖書は言います。 そんな私たちを探し求めてくださっている方がいると。私たちもこの方を求めよと。
 私たちのために十字架にかかり、死んで甦ってくださったイエス・キリストが、 その御顔を向けてくださる。この塵に等しいものを見つめてくださる。この方と出会うとき、自分がこの方のために存在していることが分かる。自分がこの方を目指して生き、この方を目指して死ぬために存在していることを知るのです。
 自分を見つめていた時には決して知ることができなかった存在の理由と目的、生の理由、死の目的、これを私たちの存在の中に満たしてくださる方がいるのです。
生きている時も、死んだ後も、私たちはキリストのものです。今日も、この方を求めよう。


「私たちの中でだれひとりとして、自分のために生きている者はなく、また自分のために死ぬ者もありません。もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。キリストは、死んだ人にとっても、生きている人にとっても、その主となるために、死んで、また生きられたのです。」(ローマ人への手紙 14:7-9)

 

(366日元気が出る聖書のことば 岩本遠億)