「真理は円形に非ず楕円形である。一個の中心の周囲に画かるべき者に非ずして二個の中心の周囲に画かるべき者である。恰も地球其他の遊星の如く、一個の太陽の周囲に運転するにも係わらず、中心は二個ありて、其形は円形に非ずして楕円形である……楕円形は普通に之をいびつと云ふ、曲がった円形である……宗教も円形に非ずして楕円形である。其中心は一個に非ずして二個である……宗教は神と人とである。神のみではない、亦人である。人のみでない、亦神である。……キリストは神であったて亦人である…其実際的方面に於いて宗教は慈愛と審判である、愛と義である。愛のみではに亦義である。義のみではない亦愛である。一中心ではない二中心である。円形ではない楕円形である」
内村鑑三についての本は、私の知る限りにおいてでさえ、2023年以降で3冊出版されている。出版順にならべると
1. 関口安義『内村鑑三 闘いの軌跡』信教出版社、2023年9月
2. 小原信『この星の時間 令和版内村鑑三論』新潮社、2024年4月
3. 鈴木範久『内村鑑三問答』信教出版社、2024年7月
冒頭の文章は、このうち2番目の小原信著『この星の時間ー令和版 内村鑑三論』からの引用である。小原はこの引用の少し前に次のように記している。
「内村にとり、生きるというのは、『二つの世界』を共存させて生きることでした。こことあそこ、いまとかつて、日本とアメリカ、イエスと日本、夢と現実などの二つを、いつも同時に生きるという、かれの生き方はものすごく緊張を要することであったにちがいありません。」
今年も中秋の名月は素晴らしく美しかった。あのお月様があきらかな楕円では興ざめするだろう。真ん丸お月様であってほしいと思う。しかし、実際には月は正球であるわけではなく、表面もクレーターだらけだ。しかし、それを遠くから眺めると、人間の目には真ん丸に見え、それが美しい。真理も、自分の中には二つの中心を持ちつつ、客観的に見るときには、それがほぼ真ん丸に見えるくらい遠くから見る視点が必要なのではないだろうか。